かわいさとうつくしさとえろさ
17 4月 14
戦時中の日本は軍部独裁の暗い時代だった、という「常識」は、おそらく間違いである。より正確にいうなら、「作られた常識」だ。たとえば、「鬼畜米英」「撃ちして止まむ」などの悲壮な標語は、その多くが昭和18年以降に生まれている。つまり、本当に暗かったのは、負けが決まった後、つまり終戦前の2年ほどに過ぎない。また、軍部が独裁色を露わにしたのは、戦局が不利になり責任論が浮上した後のことだ。しかも一般国民は、政府がヒステリックに叫ぶ「電髪禁止令」や「国民服にモンペ」を適当に受け流し、それなりにおしゃれや贅沢を楽しんでいたし、それを非国民と指弾する声も小さかった。そのあらわれが、婦人のパーマであり、女学生のブラウスと下着の肩紐ではないか。 もちろん、たったこれだけの資料から、何かを断言することはできない。だが少なくとも、教科書的「常識」を疑う必要を、これらの写真から読み取るべきだと思う。
終戦記念日と美人と作られた常識: 花水木法律事務所 (via otsune)

(konishirokuから)

17 4月 14
新作アニメを見よう、見たいというモチベーションはあっても、なんとなく体が拒否している感じ。
これはなんなのか。
疲れているとき、特に集中力がなくなっている時にアニメを見ようと思っても中々気が進まない。
それが新作アニメとなると、新しいキャラクター、新しい設定、世界観をいちから理解し覚えなければならないため既存のシリーズ作品や継続作品を見るよりも、余計に集中力を使い脳みそをフル回転する必要がある。これが結構疲れる。
そのために新作アニメを見たあとの疲労感を想像して見るのを躊躇してしまう。
これは、二十代のころはほとんど感じる事のなかった事象で、本当の意味で肉体的な衰えが、集中力の衰えに直結していて、集中力がいかにアニメを見る上で必要であるかを実感するようになった。
これが自分がそう呼んでいる、いわゆるアニメ視聴体力というものだ。
至好回路雑記帳: 【雑感】アニメ視聴体力の衰えについて (via katoyuu)

(reretletから)

17 4月 14
なお、たとえば「こんな悪趣味で狭量なパロディには共感しない」という評論と、「それでも、お前の表現の自由は死守する」ということは、完全に両立する。というより、前者なき表現の自由は危うい。
Twitter / fukuikensaku: なお、たとえば「こんな悪趣味で狭量なパロディには共感 … (via wideangle)

(konishirokuから)